Best Cinematography 受賞 !:Kazuhiko Mizushina — Mountain Is Walking — Japan | G-news:ごてんばニュース

Best Cinematography 受賞 !:Kazuhiko Mizushina — Mountain Is Walking — Japan

水品一彦監督(田方映像):Mountain Is Walking:Best Cinematography 受賞の快挙!

Best Cinematography(最優秀撮影賞)とは、映画や映像作品において、最も優れたカメラワーク、照明、映像の質(撮影監督の功績)を表彰する部門です。物語の雰囲気や視覚的魅力を決定づける技術的な功績を称える名誉ある賞です。

Mountain Is Walking – 読むことで立ち上がる映画

Best Cinematography賞の受賞の意味を知るためには、まずこの映画そのものについて理解する必要がある。なぜなら本作における「撮影」とは、単なる視覚的技術ではなく、思想と構造そのものだからである。

この映画は「見る作品」であると同時に、「読む作品」である。しかもその構造は、タイトルの時点ですでに示されている。

Mountain Is Walking -セイザンジョウウンポ-(青山常運歩『青山常に運歩す』)

青き山は常に歩み続けている。

一見、逆説的である。
山は動かない。
だがこの映画は、山を“動いている存在”として提示する。


山を“流れ”として読む

この映画において山は風景ではない。
背景でも象徴でもない。
それは時間であり、存在であり、連続する運動である。

だがその運動は、目に見える速度では提示されない。

  • 雲の移ろい
  • 光の変化
  • 音の間
  • 沈黙の厚み

それらを「読む」ことで初めて、山は歩き出す。

ここで重要なのは、作品が説明しないという点である。

  • ナレーションはない
  • 音は感情を規定しない
  • 心理は言語化されない

情報は少ない。
しかしその代わりに、

  • 呼吸
  • 視線
  • 空気

が置かれている。
これは禅の構造そのものである。


「見る映画」との決定的な差異

現代の多くの映像は、意味が即座に固定される。
誰が見ても同じ感想に到達するよう設計されている。

だがこの映画は違う。

意味は完成していない。
観客の内部で生成される。
読むことで立ち上がる。

静かな画面。
説明の少なさ。
沈黙の持続。

そこには、時間、無常、都市と地方の断層といった層が潜んでいる。
“読む”観客だけが、その層に触れる。


存在を撮るということ —— あるワンシーン

たとえば、木こりでもある主人公、が斧で樹を切り倒すシーンがある。

通常、それは「破壊のスペクタクル」として撮られる。
だがこの映画のカメラは、倒れる樹の「死」ではなく、
その瞬間に山全体に走る「震え」を捉えようとする。

斧が樹皮を叩く音の間に、山が呼吸を止める。
樹が倒れた後の空白に、光が差し込む。

一つの命が風景へと還っていくプロセス。

それは破壊ではない。
変化の連鎖であり、存在の移行であり、時間の震えである。
樹は倒れるが、それは消滅ではなく、
山という大きな流れへと還る運動でもある。

さらに象徴的なのが、山の中腹にひっそりと祀られた水神を祈る場面である。

山中の水神は、自然を支配する対象ではなく、
人と共に息づく存在としての山を示している。

祈りの所作は、山へ働きかける行為であると同時に、
山の気配に身を澄ませる行為でもある。
ここでもカメラは儀式を誇張せず、
人と山とが静かに交差する瞬間を見つめている。

視覚を超えて、存在を撮る。


Best Cinematography賞という逆説

本質は“読む映画”。
にもかかわらず、この作品は
Best Cinematography賞(最優秀撮影賞)
を受賞している。

通常、撮影賞とは

  • 構図の美しさ
  • 光の制御
  • 色彩設計
  • カメラワークの巧みさ

といった「視覚的完成度」が評価対象になる。

しかしこの作品は、視覚の強さよりも沈黙を前面に出す構造を持っている。

光を時間として扱い、
フレームを呼吸として設計し、
余白を思考の空間として残す。

思想(禅的時間観)と技術(撮影設計)が完全に一致している。

だからこそ評価された。
それは単なる美的完成度ではなく、
哲学を撮るという挑戦が成功した証明でもある。


結論

『青山常に運歩す』は

  • 読む映画であり
  • 思考装置であり
  • 禅の公案のような構造を持ち
  • そして撮影芸術でもある

山は常に歩いている。
一本の樹の倒木でさえ、その歩みの一部である。

その歩みを見せるのではなく、読ませる。
この映画は消費される映像ではない。

読むことで、静かに、しかし確実に立ち上がる作品なのである。

他にも色々あるが、今回はここまでにする。もし水品氏による映像教室が開催された時は、自分の五感で体験してみてはいかがでしょうか?

田方映像:facebook



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