SNSと公式サイト、写真や記録を「どこに置くか」という話
写真や情報を発信するとき、
多くの人がまず選ぶのはSNSです。
手軽で、すぐ反応が返ってきて、
「ちゃんと見てもらえた」という実感もある。
だから、ついこうなります。
とりあえずSNSに置く。
あとはプラットフォーム任せ。
でも、ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。
それは本当に「残した」ことになるのか?と。
SNSはとても優秀な「消費のメディア」
SNSは設計上、とても優れています。
ただし、それは消費のためにです。
新しい投稿は次々と流れ、
昨日の投稿は簡単に見えなくなる。
価値は「今どれだけ反応があるか」で測られます。
SNSにとって大切なのは、
蓄積よりも回転。
保存よりも鮮度。
だからSNSは、
「今」を共有するには最高ですが、
「後から振り返る」ことには向いていません。
公式サイトは「流れない場所」
一方で、公式サイトやホームページはどうでしょう。
そこにはタイムラインはありません。
新しい情報が、古い情報を押し流すこともありません。
数年前の記事も、
昨日の記事も、
同じようにそこにあり続けます。
公式サイトは、
時間に耐える構造を持っています。
SNSは「反応」、公式サイトは「理解」
SNSでは、
いいねやシェアといった反応が中心になります。
一瞬で伝わること、
一瞬で判断できることが求められます。
対して公式サイトでは、
- なぜそれを行ったのか
- どんな背景があったのか
- どんな積み重ねがあったのか
そうした文脈を丁寧に残すことができます。
SNSが「見たかどうか」の場所なら、
公式サイトは「分かったかどうか」の場所です。
SNSは借り物、公式サイトは自分の場所
SNSは便利ですが、
表示のされ方も、届く範囲も、
ルールも、寿命も、自分では決められません。
その点、公式サイトは違います。
何を残すか。
どの順番で見せるか。
どんな言葉を添えるか。
すべてを自分(あるいは組織)が決められます。
これは、記録においてとても重要なことです。
写真は「置き場」で意味が変わる
同じ写真でも、
SNSに置かれれば「今日の投稿」になります。
公式サイトに置かれれば、
「その時、何が行われていたのかを伝える記録」になります。
写真が使い捨てになるか、
後から価値を持つかは、
撮り方だけでなく、置き場で決まるのです。
SNSは入口、公式サイトは本体
SNSは人に見つけてもらうための場所。
公式サイトは、きちんと伝え、残すための場所。
この役割分担ができていると、
発信はとても健全になります。
SNSに出した=残した、ではありません。
公式サイトに置いて、
初めて「記録した」と言える。
まとめにかえて
SNSは、
最も簡単な置き場であり、
最も弱い保管場所でもあります。
公式サイトは、
手間はかかるけれど、
記録の主導権を取り戻せる場所です。
SNSは「今」を語り、
公式サイトは「これまで」を支える。
残したいものがあるなら、
流れる場所と、留まる場所を、
意識的に使い分けていきたいですね。

